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大阪地方裁判所堺支部 昭和46年(モ)188号 判決 1975年9月29日

債権者 金井次郎

<ほか三名>

右四名訴訟代理人弁護士 平山正和

同 荒木宏

同 北條雅英

同 大江洋一

同 坂口勝

債務者 山埜正男

右訴訟代理人弁護士 弓場晴男

主文

一  当庁昭和四六年(ヨ)第三〇号建築工事続行禁止仮処分申請事件につき、当裁判所が同年三月六日なした仮処分決定を認可する。

二  訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  債権者ら

主文第一項同旨

二  債務者

1  主文記載の仮処分決定を取消す。

2  債権者らの右仮処分申請を却下する。

3  訴訟費用は債権者の負担とする。

第二当事者双方の主張

一  債権者らの主張

1  債権者金井は堺市上之芝六丁二三五四の三に所在する土地を所有し、右地上に木造瓦葺平家建居宅一棟を所有して昭和二六年より居住している。債権者濱井知子・債権者濱井恭一・債権者佐伯明子の三名(債権者濱井らという)は同所六丁三八八番の三に所在する土地及び同地上の木造瓦葺二階建居宅一棟を共有している。

債務者は債権者ら所有地の南に隣接する同所二三五四番の一、田五畝(現況宅地、債権者らは申請書で五〇〇坪というが、≪証拠省略≫によると五畝であることが明白である。)(以下本件土地という。)上に三階建の山埜マンション名称で鉄筋コンクリート造り三階建マンションを建設する工事を行っており、昭和四五年一一月二九日地鎮祭を行った後急ピッチで現在工事を進めている。

2  右マンションが完成すれば債権者ら家屋は日照が著しく妨害され、その程度は受認の限度を越えるものである。

(一) 債務者が建築しているマンションの高さは地上より九・五二米であり、その上に〇・八米の手摺をつける。その位置は、別紙図面(1)ないし(3)のとおり、債権者ら債務者との境界線よりわずか二・五米ないし二・七米しか離れていない。

また債権者らの家屋の位置及び窓の位置は別紙図面(1)のとおりであり、債務者のマンションが三階建で建築されると冬至を中心にして秋から春にかけ日照は完全に妨害される。すなわち、債権者金井の場合は境界線に近い窓はもちろんのこと、境界線から遠い方の南に面した窓も日照が完全に妨害され、債権者金井の敷地いっぱいすっぽりとマンションの日影に入ってしまい、一日中日が当らなくなってしまう。債務者濱井の場合はマンションの東側のはずれに位置しているため午前中二時間程日照があるが正午を境に午後は日照を妨害されてしまう。

(二) 債権者らが住んでいる上之芝地域は大部分が庭つきの木造一・二階の建物で、いわゆる低層住宅街で、現行建築基準法でも住宅専用地域に指定されており、改正建築基準法第一種住居専用地域に指定されることが予想され、その後現に指定され、斜線制限の規制がある。

しかも本件マンションの南側には同じ所有者の土地が一〇〇坪以上も空地で残ってている。しかもその空地は道路に面しているのに債務者はわざわざその空地を残して債権者らの境界線ぎりぎりに建築基準法にすら違反する可能性のあるところに接近して右マンションを建てたものであり、故意に債権者らの日照を妨害しようとしたのではないかとすら考えられる。また債務者は建築確認の時前記空地部分をも敷地部分に含めて申請している。

3  債務者のかかる行為は生存権に根ざす日照という債権者らの権利を違法に侵害する不法行為であるから、かかる不法行為は差止められるべきである。また債務者の行為は債権者らの人格権ないし生存権を侵害しているので債権者らは右権利に基づいて妨害排除および妨害予防の請求権により差止めを主張する。最後に債権者らは土地及び家屋の所有権に基づく妨害予防請求権を主張する。

以上の理由により仮処分申請をしたところ当裁判所はこれを認容したから、右仮処分決定の認可判決を求める。

二  債務者の主張

1  債権者らの主張1の事実中債権者金井が堺市上之芝六丁二三五四の三所在の家屋に居住していること、債務者が債権者らの所有地の南に隣接する本件土地上に山埜マンションの名称で鉄筋コンクリート三階建マンションを建築するため昭和四五年一一月二九日地鎮祭を行ったことは認める。その余の事実は否認する。

2  同2の(一)の事実中、債務者が建築している右マンションの高さが地上より九・二米であり、その上に〇・八米の手摺をつけるものであること、右マンションの位置が債権者らと債務者の境界線より二・七米であることを認める。その余の主張は争う。

債権者金井はその居住する家屋の内南側別棟部分全部(別紙図面の金井家屋の内六帖押入、洗面風呂とある部分)及び主たる家屋の内南テラス部分を後日増築したもので金井宅においてもし南側の別棟部分の増築部分がなければ右マンション完成後の冬至における債権者金井宅の日照は金井宅の主屋の南縁側に対し午前は日の出時である午前七時一〇分より二時間一〇分と午後四時より日没まで約四〇分ないし五〇分計三時間の日照を受けることになる。ところが債権者金井自ら南側に増築した増築部分に遮られるため午前中の日照を受けえず午後のみ日照を受けるにすぎない。

また債権者濱井らの家屋の内南側の部分は昭和三一年八月一日に増築されたものであり、冬至における債権者濱井ら宅の日照については南側の増築部分の南窓においては午前中は日の出より五時間五〇分の日照を受けることになり、また増築部分がなければ濱井ら宅の主屋の南側は日の出より四時間五五分の日照を受けることになる。ところが午前中は債権者濱井ら先代恭平自ら南側に増築した家屋部分に遮られるため階下は午前中日照を受けず、午後のみ日照を受けるにすぎなくなる。なお二階は一日中日照を受けることができる。

右のように本件マンションの建築完成により債権者らの家屋が冬至の日に日照を阻害されるに至ったのは債権者らがいづれも自己の家屋を無許可で増築したことによるものである。

3  同2の(二)の事実中、本件土地付近が建築基準法第一種住居専用地域に指定されたという主張は争う。本件マンション設立当時たる昭和四五年一一月ごろ本件土地付近は改正前の建築基準法五〇条に規定する住居専用地区であり現在もかわりはない。また本件土地付近には太陽生命上之芝寮、大阪ガス会社々員寮、富士銀行社員寮等高層建築物が数多く建築されている。

また本件マンションの南側に空地があるというが、右空地は債務者の父の所有地であるから債務者が自由に使用できるものではない。

4  同3の主張はいずれも争う。日照を受ける権利益は他人の権利や利益を侵害しない範囲においてのみ利益であり、権利と言うとしても最も弱い権利といわなければならない。殊に本件の如く債権者ら家屋の日照を主張するならば債務者はその支配する土地の行使を奪われ、また非常な制約を受けるのである。債権者らが債務者に対し日照権を主張するのであれば、違法な増築をなさず、まず債権者らにおいて自己の土地から得る日照を誠実に求めるべきである。

債権者らの本件請求は権利の濫用である。

なお債務者は本件仮処分により三階を建築することができず莫大な損害を蒙っている。すなわち、建築業に対する関係では金三三〇万円ないし三五〇万円の損失となり、更に三階居住者なきため保証金家賃等を受領することができず融資先に対する返済に困窮しその損害は莫大である。右損害を顧慮せずしてなされた本件仮処分は衡平の原則に悖る。

三  債権者らの反論

債務者の債権者らの家屋に対する日照の計算は周囲に家や山などの障害物のない砂漠や大海のような場合の空想的なものにすぎない。すなわち、山埜マンションの東側には三枝の家屋が建っているから債権者金井の家屋についてみれば、仮に同人宅の南側の増築部分がなかったとしても、同債権者宅の主屋の南側の部分に朝の弱い陽が当たりはじめるのは午前七時五〇分であり、同八時四〇分ごろには山埜マンションの日影に入りはじめ同九時二〇分には完全に日陰に入って午後四時まで日照を妨げられる。そして午後四時以降は右マンションの西隣の家によって現実に日照は遮られる。

つぎに債権者濱井ら宅についてみれば、同債権者ら宅の増築部分の南窓においては前記三枝の家屋の影響により現実には午前九時以降にならなければ右部分に日照はなく、同一一時を過ぎると本件マンションの影に入りはじめ、午後一時には完全に陰に入り以後は日があたらない。また仮に増築がないとしても前記三枝の家屋に遮られて午前八時以後でなければ日照はなく、しかも同一一時には本件マンションの陰に入りはじめ、同一二時以後は右マンションに遮られて日照が完全に妨害されることになる。

以上のように債権者らは従前ほぼ一日中日照が確保されていたにもかかわらず、本件マンションが建築されることにより債権者金井の家屋については完全に日照を奪われることになり、一方債権者濱井ら宅は南側の増築部分のわずかな日照を除いてほぼ日照が奪われる結果となる。

他方日照阻害を期間の点からみれば、債権者金井の家屋については主屋南側テラス部分は冬至を中心として一一月四日から二月八日まで九五日間にわたり、債権者濱井らの家屋については主屋南側テラス部分は一二月二四日から一月一〇日まで三七日間にわたり一日中日照がないことになる。

第三疎明≪省略≫

理由

一  債権者金井が堺市上之芝六丁二三五四の三所在の土地上木造瓦葺平家建居宅一棟を所有して居住していること、債務者が債権者ら所有土地の南に隣接する本件土地上に鉄筋コンクリート造三階建の山埜マンションを建築するため、昭和四五年一一月二九日に地鎮祭を行ったこと、債務者が建築している山埜マンションの高さが地上より九・二米で、その上に〇・八米の手摺をつけるものであること、右マンションの北側壁面は債権者らと債務者との土地の境界線より二・七米離れていることは当事者間に争いがない。右事実と≪証拠省略≫を総合すれば、債権者金井は昭和二六年三月売買により所有権を取得した三八八番の六の宅地二四坪、二三五五番の四の宅地一坪、三九六番の三宅地三一坪と昭和二五年一一月売買により所有権を取得した木造瓦葺平家建居宅一六坪六合五勺を所有し、昭和三四・五年ごろ南側にテラスのほか東南に離れを増築したこと、債権者濱井らの先代濱井恭平は昭和三〇年三月売買により所有権を取得した三八八番の三の宅地三一坪及び同地上の木造瓦葺二階建居宅一棟(昭和二四年建築され昭和三一年に増築され一階二一坪六合八勺、二階五坪八合三勺)を所有していたが昭和四八年四月死亡して原告濱井らが共同相続したこと、債務者は昭和四五年一一月一六日付建築確認通知により本件土地を含めた土地上に敷地面積を六八八・一平方米とし、床面積一階一七一・一七平方米、二・三階とも一六七・九四四平方米屋上一四・三四平方米地上から一階まで〇・六二米、一階の高さ三・四二米二・三階屋上とも二・八米とする鉄筋コンクリート造共同住宅の建築を始めたこと、債権者らの家屋の位置及び窓の位置、本件マンションの位置はほぼ別紙図面のとおりであることが疎明される。

二  そこで本件マンションが三階建で完成した場合における債権者ら家屋に対する日照妨害について検討を加える。

≪証拠省略≫を綜合すると、次の事実が疎明され、反証はない。

(1)  三階建の山埜マンションが完成した場合、冬至における債権者金井宅の主屋の南側の日照については、右建物の存在のみを考慮すると日の出の時間である午前七時一〇分から同九時二〇分までと、午後四時から日没の時間である同四時四、五〇分ごろまで日照を受けるが右九時二〇分から四時ごろまでの照射量の多い時間は右マンションによって遮られることになるが、現実の日照については、山埜マンションの東隣りには三枝家の本宅(高さ四米)及び納屋(高さ三米)があり、右家屋によって生ずる日照阻害のため金井宅の主屋南側には午前七時一〇分から同七時五〇分ごろまで全く日照がなく、さらに同七時五〇分ごろから同九時二〇分までは金井宅の南東部分に突き出た増築部分があり、右増築部分のため日照は全くないこと、他方午後の日照については山埜マンションの西隣りに存在する新築の二階建二棟のために午後四時以降についても全く日照を受けず、結局金井宅の主屋の南側については一日中全く日照を受けることができないこと、また金井宅の南東部分に存在する増築部分の南窓についても右マンションのため一日中日照を受けることができないこと。

(2)  同じく三階建の山埜マンションが完成した場合冬至における債権者濱井ら宅の主屋の南側の日照については、計算上、日の出の時間である午前七時一〇分から午後一時まで受けることになっているが、現実の日照については、午前七時一〇分から同八時まではその東側にある前記三枝の家屋と右家屋の北隣りの西野の家屋の影響のため日照はなく、さらに同八時から同一〇時五〇分までは濱井ら宅の南東側に突き出た同人ら宅の増築部分のため日照はなく、同一〇時五〇分から午後一時までは濱井宅の右増築部分と山埜マンションの影が重なって影響し日照がないため、結局濱井宅の主屋の南側についても一日中全く日照がないこと、また濱井宅の増築部分の一階窓の現実の日照は前記三枝宅の日照阻害がなくなった午前九時ころから始まり同一〇時五〇分ごろまで継続するが、同一〇時五〇分ごろから山埜マンションの影響により日照阻害が発生しはじめ午後一時ごろは全く日照がなくなり、右状態が日没まで継続すること。

債務者は、債権者ら家屋の主屋の南側に生ずる日照阻害が生じるのは債権者らがそれぞれ南東部分にした増築部分によって惹起されているものであると主張するが、前記認定のように債権者らの増築部分による日照阻害は債務者の建築予定の三階建山埜マンションの日照阻害に比較すれば時間的にわずかであり、大部分の日照(特に照射量の多い時間帯の日照)阻害は債務者の右マンションによって生じることが疎明されるから債務者の右主張は理由がない。

三  つぎに本件土地の地域性等について検討する。

≪証拠省略≫を総合すれば次の事実が疎明される。

(1)  本件土地付近は昭和四五年六月一日法律一〇九号による改正前の建築基準法二条に規定する住居専用地区で、右改正後の同条の第一種住居専用地域となったが、債務者が本件建築につき確認申請をした当時右地域となることが予想されており、殆ど木造一・二階建の建物の多い郊外の住宅地域で人口密度の高い都市地域ではないこと。又本件土地付近には三階建以上の建物は少く、僅かに社宅や会社の寮で四階建のものが存在するが、概ね右各建物は敷地を広くとった上周囲の木造家屋の日照を妨害しないように建てられていること。

(2)  債務者は本件マンションにつき昭和四五年一一月一六日当時施行中の住居専用地区の基準に従い、三階建とする建築確認を得たが、右確認申請の際には債務者の父山埜信雄名義の本件土地のほか、その南側に空地として存在する同様山埜信雄名義の土地の一部をも敷地部分に含めて六八八・一平方米として申請しており、債務者が右土地を利用することができないとは信じがたいこと。したがって債務者は右空地を利用してマンションを更に境界線から南へ離して建築することが可能であったこと。

(3)  本件山埜マンションの建築につき第一種住居専用地域としての建築基準法が適用されれば、北側にある債権者らとの北側斜線制限として北側の境界線上に五米の線を建て四分の五の上り勾配の斜線内に建物を建築しなければならないことになり、したがって本件マンションが三階建として手摺下まで九・五二米であるから北側境界から三・六二米離して建築しなければならないこと。(但し、境界線は正確に東西となっていないから右数字に多少の誤差が考えられる。)

(4)  債権者金井は昭和二五年一一月ごろから、債権者濱井らは昭和二三年ごろから長期にわたって日照の恩恵を受けてきたものであること。

右疎明事実からすると債務者の本件マンションの建築計画はこの付近における通常の用法に従い債権者らが有する日照の利益を充分考慮したうえ決定されたものということはできない。

四  ところで土地の高度利用化の進んでいない住宅地域においては土地家屋に対する日照は土地家屋の所有権の一内容とみるべきであり、土地家屋に対する日照妨害が受認の限度を著しく越えたときにはその所有権の円満な行使を侵害するものとしてその侵害者に対してその侵害行為の排除または予防を請求することができるものと解すべきである。そして前記認定の諸事実からすると、本件マンション完成による債権者らの土地家屋に対する日照妨害の程度はその受忍限度を著しく越えるものと認められるから、債権者らの二階を越える部分の建築の差止めを求める債権者らの請求は理由がある。

なお債務者は特別事情による取消に類する主張をするが、右主張は前記疎明事実からして採用できない。

五  よって本件仮処分決定を認可し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村瀬泰三 裁判官 水口雅資 裁判官中込秀樹は出張につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 村瀬泰三)

<以下省略>

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